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2026年「世界湿地の日」記念イベントを開催しました

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  • 湿地の価値、状態、変化の傾向

毎年2月2日は「世界湿地の日(World Wetlands Day)」です。1971年2月2日にラムサール条約が採択されたことを記念し、湿地の大切さを知ってもらうためのキャンペーンが世界各地で行われます。2021年には、国連総会によって国連の世界湿地の日と定められました。

今年のテーマは「湿地と人々の知恵:世代をこえて守りつづける共生の文化(Wetlands and traditional knowledge:Celebrating cultural heritage)」。地域に根ざした伝統的知識や文化が、過去から現在、そして未来へと受け継がれる知恵として、湿地の保全に重要な役割を果たしていることに焦点を当てています。

当団体は、日本におけるラムサール条約の推進や湿地保全の最前線で長年尽力してきた名執芳博さん(WIJ相談役)をゲストとして迎え、今年のテーマに併せたトークイベント「ラムサール条約に関わった35年とこれから」を開催しました。イベントは2月1日に中央区環境情報センター「エコノバ」の会場とオンラインのハイブリッド形式で行い、約30名の参加者と共に名執さんのこれまでの歩みを振り返りました。

●出会いは「釧路会議」

初めに、名執さんとラムサール条約との出会いについて聞きました。35年前(1990年)、名執さんはケニアの日本大使館勤務を終え、環境庁(当時)の野生生物課に戻った直後のことでした。3年後(1993年)に釧路市で開催する「第5回ラムサール条約締約国会議(以後、釧路会議)」の担当を任されたのが始まりだったそうです。

名執さんは、当時、日本ひいてはアジア地域で初めてラムサール条約締約国会議(以後、COP)が開催されることになった背景や、新たな湿地を条約登録するために関係自治体や政府関係機関へ粘り強く働きかけたエピソードなどを語りました。その中でも特に印象的だったのは、釧路会議の開催を支えた延べ5,000人もの市民ボランティアの存在でした。ボランティアとして参加した高校生による国旗掲揚や市民による湿原のガイドなど、市民を含めた開催地域が一体となったおもてなしが会議を成功に導き、国際的にも高く評価された会議となったとのことでした。

また、国際的にもユニークな取り組みと評価されている「ラムサール条約登録湿地関係市町村会議」や、アジア地域の多様な人たちが集う「アジア湿地シンポジウム」は、この釧路会議に向けて機運を高める取り組みとしてスタートしたことを改めて知ることができました。

●20か所の湿地を同時登録

20年前(2005年)、日本ではラムサール条約登録湿地が一挙に20か所も増えました。その登録に中心的な役割を果たした人物が、当時環境省の野生生物課長を務めていた名執さんでした。

当時、2005年(COP9開催)までに世界全体のラムサール登録湿地を2,000か所に到達させるという国際的な目標が掲げられていました。そのため、当時の日本政府は、条約決議VII.11に基づいて、ラムサール登録湿地を倍増(11か所から22か所へ)させる計画を立てました。そこで、2001年に作成した「日本の重要湿地500」から、登録基準を満たし、かつ保護区として指定している(あるいは指定の見込みがある)湿地を抽出するとともに、地元の自治体や住民との対話を丁寧に重ねて合意形成を図ったそうです。そのような地道で丁寧な取り組みを積み重ねた結果として、20か所の湿地が一挙に登録されたのです。

また、この時の登録では、名執さんがかつてレンジャーとして活動した「くじゅう坊ガツル・タデ原湿原」のような中間湿原や「蕪栗沼・周辺水田」のような人工の湿地である「水田」を含め、それまでには登録例のなかった多様なタイプの湿地が含まれるようになったそうです。

●ラムサール条約が目指す世界

トークイベントの後半では、ラムサール条約の基本的な考え方や、今年の「世界湿地の日」のテーマにもつながる話題へと話が広がりました。

ラムサール条約は、正式名称が「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」であるため、「水鳥保護のための条約」と誤解されることが間々あります。しかしながら、このような名称の条約となった背景には、1970年代の国際政治や各国の事情を踏まえながら有効な国際条約を成立させてきた歴史があったようです。そのような背景について、推測も交えながらイベントでは語られました。また、ラムサール条約が提唱する「ワイズユース(賢明な利用)」という考え方は、日々の暮らしに湿地の恵みが欠かせない途上国の加盟を促す上でも、決定的な役割を果たしたとのことでした。

地域の人々の暮らしや生業とのバランスを調整しながらも湿地の保全を進めていく「ワイズユース」の考え方は、今年のテーマ「湿地と人々の知恵」とも深く関連しています。日本のラムサール条約登録湿地54か所すべてに足を運んだことがあるという名執さんに、日本における「湿地の伝統知」の事例をいくつか紹介いただきました。その中でも動力ではなく風の力を利用して網を引くことでアマモ場を保全する「打瀬船漁」や、洪水時に河川を敢えて氾濫させる仕組みを利用した伝統的な治水施設である「霞堤」など、湿地とともに暮らす地域に根ざした共生の文化こそが、現代の防災や環境保全においても重要な視点であることを再確認する機会となりました。

●これからの湿地保全に向けて

最後に、名執さんは今後のラムサール条約に期待することとして、湿地や条約の認知度向上のための普及啓発(CEPA)の強化の必要性を強調しました。その一つの例として、2020年にはシニア世代を中心とした「JiVaラムサール(湿地を楽しむ仲間たち)」を立ち上げ、ラムサール条約登録湿地のない地域での活動に取り組んでいるとの紹介もありました。

湿地の保全は、決して特別な場所や限られた人々だけの取り組みではなく、地域の暮らしや文化の中に息づく営みであることを、あらためて感じる時間となりました。そして同時に、名執さんが長年にわたりラムサール条約に関わる現場で積み重ねてこられた経験や知見も、これから先の未来へと手渡していくべき大切な財産として受け止められました。